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二分脊椎(spina bifida)である私の事

2007年12月03日

『二分脊椎(spina bifida)』という先天性の病気を生まれながらもっています。二分脊椎の中でも潜在性二分脊椎症というものです。

二分脊椎(spina bifida)という病気を皆さんはご存知でしょうか?二分脊椎(spina bifida)という病気は、殆どの方が聞いたことがないのでは?

とは言いましても、私自身も二分脊椎(spina bifida)について、きちんと理解出来たのはつい数年前のことです。

二分脊椎(spina bifida)である私の出生時には『二分脊椎(spina bifida)』という病名があったのかどうか定かではありません。私の幼い頃には、『脊椎破裂』、または、『脊髄破裂』と、両親から聞かされていました。その頃の日本の医学界でも『二分脊椎(spina bifida)』について知られていなかったのかも・・・。その頃というは1960年末期です。

管理人について

『二分脊椎(spina bifida)Memo』の管理人のSBと申します。HN(ハンドルネーム)で大変申し訳御座いません。何卒、ご理解の程を・・・。

私の現在までの経緯を簡単に述べますと、先程も書きましたが、先天性の『二分脊椎(spina bifida)』という病気をもって1960年代末期生まれの30歳台後半です。現在、大学卒業後、普通のサラリーマンをしています。現在の私の状態を大雑把ではありますが、以下に記載します。

[傷病名]
潜在性二分脊椎症(spina bifida occulta) 脊髄脂肪腫 脊髄係留症候群 神経因性膀胱 肩甲骨高位症(Sprengel 変形)

[障害等]
膀胱直腸障害 肢体不自由(下肢麻痺)

[障害手帳]
身体障害者1種2級

サイトについて

管理人からちょっと一言・・・

『二分脊椎(spina bifida)Memo』というこのブログは、二分脊椎である私の経緯、体験したことや二分脊椎(二分脊椎症)という病気について調べたこと、また、思ったことなどを綴っていこうと思います。

このブログは二分脊椎症当事者である私自身の覚え書きでもあります。また、同じ障害を持った方、またはその家族の手助けになれば幸いです。二分脊椎という病気について、私の経緯、体験などは追々書き綴っていきます。

尚、ここに記述された記事の内容に関しては、私自身が調べたことや思ったことですから必ずしも正確な情報とは限りませんので、読者自身の判断で御閲覧頂きたいと思います。



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この記事へのコメント

こんにちわ、私は「髄膜瘤係留症候群」と診断された54歳です。
私は親から手術の事は聞いてはいましたが、もう後遺症の事は時効だと思っていました。今思うに、二十歳過ぎくらいから間欠の膀胱炎によるなっていました。三十五歳過ぎに右の足が坐骨神経痛からか動きが悪くなり、溢れるような尿失禁、分からないまま過ぎて、二年前に尿が出なくなってしまいました。病院に行き初めて病気を知りました。医者からは、これ以上障害が出ないためにも、係留解除の手術を勧められていますが、前に進められないでいます。
Posted by 三屋 文恵 at 2008年06月29日 11:06
三屋さんはじめまして、ブログ管理人のSBです。

私の場合、尿失禁や腰痛、下肢の痺れ(坐骨神経痛)の症状などの症状が次々と現われ、仕事に支障をきたすようになった為に「二分脊椎」という病気について色々調べ始めました。

そしてやっとの事で「二分脊椎」に詳しいお医者さんに出会えたんです。

その先生に、三屋さんと同じように「この先歩けなくなるかもしれない等のこれ以上の障害が発症しないためにも、係留解除術を」と勧められました。

その時、手術を受けない場合のこれから発症するかもしれない障害の種類やその症状、解除術を受けた場合の手術による後遺症などについて説明を受けました。分からないこと、理解できないことなどについては納得のいくまで質問しました。

また、その先生というのは、私の住んでいる二分脊椎症協会のオブザーバーもつめていらっしゃる、現在ではこども病院の院長でもある方です。

そういう「二分脊椎」詳しいお医者さんだったということ、事前に「二分脊椎」や「脊髄係留症候群」、「脊髄脂肪腫」という病気についてネットや二分脊椎症協会の支部に問い合わせたりして多少理解していたこと、そして何よりも、妻に理解してもらい勧められたことによって、数回の通院の後に繋留解除術を受ける決心をしました。

以上が私の場合の経緯ですが、三屋さんの現在発症している障害の度合いや日常生活に及ぼしている影響は私だけじゃなく人それぞれ違いがあると思いますので、一概に解除術を勧めるわけにもいきませんし、勧める立場でもありません。

冷たいようですが、やはり、病気の事について三屋さんなりにきちんと理解し、納得した上でないと決断出来ないことだと思ってます。

先ずは、自分の体に起こっている病気について正しく理解することが初めの一歩だと思いますよ。理解していなければ怖くて前には決して進むことが出来ないと思います。私もそうでしたから。

長々と冷たい文章となってしまいましたが、私の答えられる事でしたら何でもご質問下さい。

私が「二分脊椎」について調べている時も、幼少期の事についてはネットなどにも多くの事例があるのですが、「潜在性二分脊椎」という成長するにつれて発症したという事例があまりにも少なかったので理解するのに時間が多少かかりました。

そういう理由で立ち上げたこの『二分脊椎(spina bifida)Memo』と言うブログが、三屋さんのような方々の参考になればうれしい限りです。

分からないことがあれば、1人で悩まないで何でも聞いて下さい。

三屋さんが今よりも前進できるのであれば、是非応援させて下さい。



Posted by 管理人SB at 2008年06月29日 21:37
ご返答、ありがとうございました。
答えを出すのは、自分しかないんだ・と分かってはいるのですが、なかなか・・・・。今、私の状態は導尿だけで済んではいますが、便は便秘なので薬を処方してもらっています。でも、最初の硬い便は肛門の近くのお尻を押しながら便を出さなくては出ません。これから先、排便の感覚が無くなってしまうのが、怖いです。病院の先生に聞いても「しなくても(手術)障害が出ないかもしれないし、しても出るかもしれない」って、言われてる状態です。言える事は、係留の障害は進行してるらしいんです。金沢大学付属病院の脊椎科の先生によれば解除の手術は簡単みたいに言われました。手術のリスクは本当にないのでしょうか? 病院でも、あまり症例がないのではっきりした事は言えないようです。髄膜瘤の手術は生後6カ月で、金沢の大学病院でしました。幼稚園の時、良くウンチを漏らしてました。それも病気だったんですねぇ。知らずに今日まで生きていました。
Posted by 三屋文恵 at 2008年07月01日 14:21
こんにちわ。泌尿器の定期健診の時に整形外科に行って来ました。
写真の結果は一年前と変わらずでした。先生が転勤で変わっていて、お話もちょっと違ったものでした。係留の状態は進行はするけど、下肢の麻痺が出てからでも手術は良いそうです。私の状態は、幸いにも低いレベルみたいで、少し気持ちが楽になりました。管理人さんの状態を考えれば、私なんか話にもなりません!一人で困難の渦に入り込んでいたようです。こんな私に、お心砕いて下さった管理人さんに感謝です。何分にも田舎のもので、情報が少なく焦ってしまいました。これからは、身体の状態に気をつけて、前向きに一生懸命生活します。また、辛くなったらここに来ます、その時は宜しくお願いします。
Posted by 三屋 at 2008年07月06日 12:22
お返事遅くなり申し訳ありません。

仕事が忙しくて家に帰るとすぐ寝てしまう毎日で、PCを見ることすら出来ませんでした。

そうですね、係留症候群と言うのは遅発性のものですから何も症状が出ないということもありますね。

緊急性を要せず、現在の生活に大きな影響を与えていない限り様子をみてみることというのも1つの手段だと思います。


私の場合も仕事や普段の生活に支障をきたさなければ、手術をうけていなかったと思います。

私の症状はまだ良いほうだと思います。

同じ二分脊椎症でも車椅子の方々もたくさんいますし、第一、自分ひとりでほとんどの事が出来て、普通に仕事もしていますから全然いい方だと思いますよ。

自己導尿や排便、歩行に関して多少の不便を感じたりしますが、それはそれできちんと理解して行動するようにすれば何でもありません。

足の褥瘡が治らなくて、約1年ほど松葉杖での歩行や入院、手術を繰り返して思ったことが、自分の2本の足で歩けることの喜びでした。

三屋さんのあまり深く考えず、現在の自分の身体の状態について気をつけながら前向きな姿勢をとることによって、良い生活が送れることでしょうね。

やはり、気持ちの持ち方次第で何事も変わってくるのだと思いますよ。

強い気持ちで楽しい生活を送って下さいね。
Posted by 管理人SB at 2008年07月06日 22:23

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